棒に当た

ったら吉

『貧乏サヴァラン』と黒糖パン

かの森鴎外の娘である森茉莉の食エッセイ集。そう筋にも書いてあるし、つれづれと日々を緩やかに描いているのかと思えば冒頭一行目、

 

"マリアは貧乏な、ブリア・サヴァランである"

 

と普通えもしれぬマリアなる人物が。ブリア・サヴァランは" どんなものを食べているかいってみたまえ。"の人であるから食に関連している一文だとは感じられるがはてマリアとはだれ・・・。

表紙をよくみるとタイトルの下、森茉莉 との著者名表記の下に "早川暢子編”との記載がある。最後の”編者あとがき”にもあるがこれは文庫オリジナルで、『森茉莉全集』全八巻から食に関する記述を再録したものだそう。

 

はなからエッセイテンションで読み始めた私はこの表題になっている『貧乏サヴァラン』で大きくつまずいてしまい、7行目くらいで読むのを一旦止めてしまったのだけれど、ぼけーっと読んでいると『ほんものの贅沢』という章にあたり、

 

だいたい贅沢というのは高価なものを持っていることではなくて、贅沢な精神を持っていることである。 

 

要するに、不格好の蛍光灯の突っ立った庭に貧乏な心持で腰かけている少女より、安い新鮮な花をたくさん活けて楽しんでいる少女の方が、本当の贅沢だということである。 

 

という文を読みこしたとき、森茉莉は一気に近しくなった。辻静雄の著作を読みあさってる中、美味しさというのは結局心の持ち方次第で、なににもまして自分が満足であることに尽きると、痛感する。

 

その後も彼女は

"卵というものの形がいい。≪平和≫という感じがする。" "卵の味には明るさがあり、幸福が含まれている。"と紡ぎ、

"料理にいれるものというものはそんなに規則的に計って入れるものではない。長いこと遣っていて自然に習得するものだ。"と豪語する。

 

彼女のいう『貧乏贅沢』というものの軸をしっかりと感じられ、一気にその価値観に魅了された。

 

この一冊を読んでいた時、あまりにも家の中にいるのが息苦しく、適当に家の近くの川の土手をずーーーっと県外まで自転車をこぎ続けた。朝から出発して、お昼ように冷凍してあった給食で配布されるようなふくろ入り黒糖パンに持っていき、少し疲れたところで食べたのだけれど、冷たい風が吹く中、ほんのりと甘い、10枚切りで成分表示が乗った黒糖パンは、突き抜けるような晴天の中、いままで食べてきたパンの中で一番美味しかったかもしれない。

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その他森茉莉の純粋さ、心に響くところの多い本だった。

晩餐会で、自分のものと勝手に心内で決めていた刺身を幼児に取られ激怒したこととか、 父森鴎外のつくる少し奇妙な伯林料理だとか、興味深い話も多くある。読み終えた後、森茉莉の著書を調べ始めたのは言うまでもない。

 

 

貧乏サヴァラン (ちくま文庫)

貧乏サヴァラン (ちくま文庫)